Celeb整体院

代表 石井和幸

1973(昭和48)年9月10日生まれ。

乙女座のO型。

今ではすっかり少なくなった鋸(のこぎり)の目立て職人の長男として誕生。(※「目立て」とは、切れにくくなった鋸の刃を一本ずつヤスリで研ぎ、再び切れるようにすること。「目を立てる」と言います。)

小学校時代は、「そろばん少年」の異名(?)を持ち、数々の大会で優勝したり、県の選抜メンバーに選ばれて、毎年県外の大会に出場したりもしていました。実家に20個ほどトロフィーやメダルがあります。

中学時代は、特に勉強せずとも、成績は常に学年順位でひとケタ内にいるような「なんとなーく要領良くいける感じ」だったのかも知れません。吹奏楽部で部長(←嫌われ者の顧問と反発部員たちに挟まれたツライ中間管理職)をしていました。

高校時代。勉強する習慣が無いまま、地元で一番の進学校に当たり前のように進んだものの、勉強そっちのけで部活(←また吹奏楽部)と当時の彼女にうつつを抜かしたおかげで、成績がガタ落ち…。これまでのように、ろくに努力もせずにセンスだけでは通用しないという厳しい現実を思い知らされ、テストでは赤点を量産。なかなかの挫折感を味わいました(笑)

大学では、経済学部でマーケティングを専攻しました。(※Fラン大学に進学したのが恥ずかしくて成人式を欠席w)その時点では、まだ将来やりたい事が見出せず、授業もサボりがちに。思い返せば、ダラダラと無駄に4年間を過ごした気がして後悔しています。

卒業後、今度は経理実務を学ぶため、2年間専門学校に通い、資格取得に励みました。学校名は伏せますが、まるで軍隊と宗教が入り交じったかのような、なかなかの厳しい学校で、大学時代に全身金髪だった私には、そのギャップが逆に心地よいくらい苦しかった記憶があります。(ドMか笑)

唯一の趣味であり特技でもあったのが、小学校の鼓笛隊から始めた吹奏楽。中1の時に祖父に買ってもらったトランペットを大事に大事にしながら、社会人になっても続けていました。青春時代の全てを注ぐくらいドはまりしていて、県内屈指の実力派の吹奏楽団ではパートの首席奏者を務めていた時期もありましたが、今の整体の仕事を始める前にきっぱりと引退。

実は、社会人になって最初はサラリーマンとして約12年間、地元の製造業で主に原価管理業務(部門別工程別標準総合原価計算による損益分析など)を担当していました。ですが、組織の歯車の一つとして、適正に評価もされないまま一生やっていく生き方に、徐々に疑問を感じていったのです。

そんな折、しだいに会社の業績不振による将来への不安と、度重なる希望退職という名目での実質「指名解雇」のような社員切りへの不信感が重なり、ついに「自分で何かやってやろう!」と一念発起。私は指名解雇のターゲットではありませんでしたが、社畜としての働き方に見切りを付けて自ら退職を志願し、整体師の道へ進みました。

もともと、私自身が患者(←ギックリ腰の常習者)としていろんな整体院に通っていたのですが、整体が学べるスクールが県内にあるというのをたまたまネットで知り、今度は私が周りの人たちを施術してあげるんだ!と思い立って、家族に相談もせず勝手に決断。完全に後発組(当時37歳で妻子有り)の私は、そこからとにかく猛勉強の日々でした。

2011年に独立開業。その数年後には、「妊活サポートと産前産後ケア専門」にリニューアルしたにも関わらず、現在は県内に数多くある整体院の中で、口コミ評価ランキング第一位(継続記録保持者らしい)です(笑)近年は、プロの治療家に指導する機会も徐々に増えて来ましたが、この業界にいる限りは一生勉強です。気を引き締めて、これからもいろんな事にチャレンジして行きます!

趣味:整体院巡り

特技:妊婦さんの赤ちゃんの性別を当てる

※たま~にハズレます(汗)

■バランス活性療法師(整体師)

■親子整体インストラクター